p.227 顕浄土真実信文類三(教行信証・信) 目次 // 前頁 / 次頁

向利益他の真実心なり。これを「至心」と名づく。
すでに「真実」と言えり。「真実」というは、
『涅槃経』に言わく、実諦は一道清浄にして二あることなきなり。「真実」というは、すなわちこれ如来なり。如来はすなわちこれ真実なり。真実はすなわちこれ虚空なり。虚空はすなわちこれ真実なり。真実はすなわちこれ仏性なり。仏性はすなわちこれ真実なり、と。已上
『釈』(散善義)に、「不簡内外明闇」と云えり。「内外」とは、「内」はすなわちこれ出世なり、「外」はすなわちこれ世間なり。「明闇」とは、「明」はすなわちこれ出世なり、「闇」はすなわちこれ世間なり。また「明」はすなわち智明なり、「闇」はすなわち無明なり。
『涅槃経』に言わく、「闇」はすなわち世間なり、「明」はすなわち出世なり。「闇」はすなわち無明なり、「明」はすなわち智明なり、と。已上
次に「信楽」というは、すなわちこれ如来の満足大悲・円融無碍の信心海なり。このゆえに疑蓋間雑あることなし、かるがゆえに「信楽」と名づく。すなわち利他回向の至心をもって、信楽の体とするなり。しかるに無始より已来、一切群生海、無明海