きりぎりす
真夏の灼きつくような日盛りのなかで、蟻たちが忙しく行き交い、一所懸命働いていま した。一 木蔭で寝そべっていたキリギリスが冷かすような調子で呼びかけました。 「蟻さん。蟻さん。この暑い中に、何もあくせく働くこともないだろう。しばらく昼寝で もしたらどうだい。涼しい風が吹いてとても良い気持ちだぞ」 蟻たちは、ふり向きもしないでせっせと働きつづけました。生まれてくる赤ちゃんのため に、そして長い冬に備えての蓄えをと懸命に働いているのです。 年とった一匹の蟻が立ち止って言いました。 「キリギリスさん。昼寝も良いけれど、そんなに遊んでばかり居てはだめだよ。すぐ秋になっ て、そして冬がくるよ。長い冬がね。いまのうちに、うんと頑張って蓄えておかなくちゃ・・・」
「フン」
と、キリギリスは鼻のさきで笑いとばして、起きようともしませんでした。 やがて秋風が立ちそめたと思うと間もなく木枯が吹きすさぶ冬がきました。激しい吹雪 、 の夜、蟻さんのお家の戸をホトホトと叩くものがあります。表に出てみると見すばらしく 痩せおとろえたキリギリスがしょんぼり立っていました。 「あのう・・・。何か食物を恵んでください」 「キリギリスさん。だからあのとき言ったでしょう。こんなことでこれからの長い冬をど うしょうというんです」 いくらかの食物を分けてあげながら蟻は言いました。かえす言葉もなく頭を下げて、キ リギリスはトボトボと立去って行きました。 子供の頃に読んだお伽噺ですけれど、そのとき子供心にも慄然としたものを感じたこと を覚えています。 毎年、木枯を聞くころになるとこのお話を思いだします。そして肌寒い思いをすること とし は、齢をとるにつれていよいよ深くなってきます。 冬のきびしさが、そのまま人生のきびしさを教えてくれるようです。 (昭和52年10月)2006年8月24日