随想 己れに 婦人部担当の想出・・・

南米開教団の同朋会運動が始められた当初から婦人部の担当になって、爾来六年間、一 貫して来た。 したがって婦人の問題についていろいろと考えて来たのであるが、その都度、問題の根本 はいつも私自身にかえってくるのであった。「婦人を語る」といえば、己れの立場はいつも いわゆる第三者としての位置にあって、さらにいえば「男」という位置から「女」につい てあれこれ、あげつらうことになり勝ちであるが、男だからといって女のことを云々する資格は無さそうである。 殊に、仏法のうえにおいて他人さまを何かと裁くことは許されまい。すくなくとも問題を わが身にひき当てて考えてみるとき、それは他人事でなく自分のことであり、始終思い煩っているのは他人さまでなく私なのである。いろいろの問題は、さまざまな出来事として現われてくる。現に私はそれに引きずり廻されているのである。 女人の問題を論ずることによって私はそうした自己の姿に気づかしめられ、問題を自己 のものとして考えずには居れなかった。ともすれば「教え手」になりたがり、他人さまを 裁くことを得意とする。その心がいつしか己れを見つめ「聞く身」になられたということ は、思えばよくよくのことであり、仏の善巧したもうところという外はないが、それにし ても何とか「答え」を引出してみなくてはならないという課題を与えられ、とにかくお話 しなければならないという切端つまった場に立たされたことが、今思えば大きなご縁で あったのである。 そうした意味において「女人」の問題を考えさせられたことが、そのまま「男子」にも 通じたことであり、すでにして男といわず女といわず、人間みなひとしく受けていく悩み であり、悲しみであることを知らしめられたことである。 そしてまた人間、悩みあるがゆえに救いありということを思う。仏の救済の手は「苦悩」 という形を通して、私に結ばれてあるのではあるまいかとすら思われる。 仏法とは単に苦悩を失くすのではなく、苦悩によってはじめて自己の問題に触れ、そこ からはじめて真の願いに気付いていく。そのように私の自覚を絶えず促がして下さるもの が仏法であろう。 婦人部を担当して「婦人」というところに焦点をあてて考えつつ、いつしか気付くこと の出来た私の思出である。 (照真同朋会報1973年2月)

2006年8月9日